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俺?CEOだよ。社員いないけど

めんどくさいことばかり考えている25歳起業家「黒なんとか」の日記。頭の整理のためにゴミを投下します。

【スキーバス事故】死者を記号的に扱うことについて

 

昨日の夜も仕事終わりにガールズグループの歌詞を書く仕事をやらなければいけなくて、結局この朝までやっていた。正直めちゃ疲れたので、頭休めにブログを書いている。

基本的に集中するときは極力テレビやケータイなどを見ないので、昨日は一日世界と断絶されていた。そういえば昨日僕は誕生日だったようだ...。終わってる...😥友達が連絡を入れてくれていたのがせめてもの救いか。

そして今久しぶりに世界と繋がったら、悲惨な事件が起きていた。スキーバスが長野県の峠で転落し、大学生が多数亡くなった、と。

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僕も趣味の自転車で何度か走ったことのある峠だ。全体的にクネクネしていて、ブレーキを握り続けながら下らなければいけない危険な峠だった。それに、僕もスノボにハマっていた20歳前後の頃はこういう格安バスツアーをよく利用したものだ。自分に身近な事故のような気がして、暗澹たる気持ちになる。

何よりも痛恨の極みなのは、失われた命が大学生であるという点だ。聞けば優秀な大学の学生が多かったようで、これから社会に出て活躍したであろう彼らが60歳を超えた高齢の運転手が起こしたバスの事故で亡くなったのは、重ね重ね痛恨の極みである。

しかしながら、「優秀な大学の学生だから惜しい」という風にすぐに死者を人材として記号的に扱う自分にも嫌気がさす。これが土方のあんちゃん達が乗るバスだったら?はたまた、東大の医学部の学生だったら?途上国からの移民だったら?僕のリアクションは全て別々になるだろう。

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秋葉原の大量殺傷事件が起きたとき、誰だったかな、あのときはまだマトモだった内田樹かな、とりあえず誰かが「死者を記号的に扱うな」と警鐘を鳴らしていた。ハッとした覚えがある。

もちろん、死者を記号的に扱うのが全面的に悪いとは今も思っていない。命にも値段は存在するというのが経済学の教えだ(偉そうに経済学の名を借りてごめんなさい)。ただ同時に「失われた一人ひとりを個人として悼む」ということも、忘れてはいけない。彼らにはそれぞれ必死に生きてきた人生があって、それが最悪の形で奪われてしまった。そのことも悔やむ人間であり続けたい。偉大な経済学者アルフレッド・マーシャルの「Cool head, but warm heart」を必ず常に心に留めておこうと思った朝でした。